上海ひさびさ。。

(。・ ω<)ゞてへぺろ

こないだ、ひさびさに、上海に行ってきた。。むろん、仕事wである。。

催しが、立て込んでいたので、正直、いきたくなかったのだが、仕方ない。。

現地の人間に、聞くと、連日、気温36〜37度の猛暑だという。。

それだけで、行きたくなかった。。しかし、そんな駄々もこねる訳にもいかず、成田に向かった。。

上海に行ったのわ、もう、だいぶ以前で、大連のほうは、当時の家の仕事的に何度か行って、嫌な思いをしたのだがwww

今回も、乗り気でもなかったが、まぁまぁその通りになったw

しかし、今回驚いたのわ、前回行ったときわ、人民服の奴等がけっこう、いたが、そんな奴わ、もはや皆無で、ひとりっこ政策のおかげで、親の資産をたらふく、集中してもらった比較的、階級の上の連中わ、もはや、日本のおたくと、同じだったw

それに、上海駅付近のホテルを宿にとったのだが、街にわ、いたるところに、ケンタッキーやローソン、ファミマ、マクドナルドなど、こちらの世界においても、お馴染みの店舗が連なっていた。。

お陰で、いぜんわ、脂ぎったお粥や、朝っぱらから、手羽先などを食わねば、ならなかったがw日本にいるときと、同じ感覚が保てたので、ありがたかった。。それに、コンビニを使うと、多少の品質の安全性と適正価格が分かるwww

しかし、上海のタクシーの乗車拒否の多さには、閉口した。。 用事の為に、2倍出す、といっても、拒否られた。。

あとわ、個人商店などに入ると、日本人と見ると、ふっかけてくる(3倍)のも、昔とあまり変わりないと感じた。。

まったく反日の意識が皆無、という訳でわ無いだろう。。

ホテルでわ、暇な時間、ネットテレビを見ていたが、面白い、歴史ものドラマもやっていて、可愛らしい女優も、出ていて興味もそそられたが、噂にわ、聞いていた日本(軍)を悪役に見立てた(まあ、ナチスのように)ドラマもやってて、いい気分でもなかったwが、ところ変わると、(認識も)こうなるのだろう、くらいの余裕で観ていた。。

ただ、あまり、反日だからと、あまり相手をよく見ていないと、まずいな、と感じたのわ、街中のスクーターがほぼ、電動になっていて、かなり、性能が良さそう、だった。例の大気汚染の結果だろうが、日本わ、従来のエンジンに投資をしたぶんの回収の為、導入わ、まだ、遅れるのでわないか?

だが、これが音も無く近づいてきて、超危険なのと、あいかわらずフリーダムな走行(道路逆走、歩道走行は健在ww)だったが、例のタクシーの乗車拒否のお陰で、地下鉄に乗ったのだが、w (駅ごとの手荷物検査に閉口した)ものすごく整備されていたのが、かなり新鮮だった。。あとスマホ連動させたレンタサイクルも、日本でもだんだん導入されているが、かなりしっかりしていたが、現地の人間の話でわ、返さなかったり、サドルとったりとかもあるといってたので、まぁ、それわ失笑した。。

用事の合間に、ゲームの催しが、日本の幕張メッセのような施設(規模わけた違いw)でやってたが、日本の企業も、なんだかんだいって、やってきていた。。バンダイナムコソニーなども。。

中国わ、すごいスピードでどんどん変わる。。日本も、それに対応せねばならない感じを持った旅だった。。。





















歩く 花。。。


( ・∀・)道端を歩くのわ、人生の基本だ。。

歩いていると、いろいろな物事が見えてくる。。

畑に、美しく咲く 菜の花や、 足元にわ いぬふぐり、オドリコソウ。。。etc.

実際、歩くと、体でわかる。これが基本だと。w

( ・∀・)人間わ、生きているうちに、感謝を忘れ、怠惰で、傲慢で、わがままな生き物になる。。

自分の力で、何かを得ようと、躍起になり、なんにでもなれる、と勘違いして頑張るが、ならないと、欲求不満で煩悶する。。

だが、ほんとうは、最初から何にもならない、変わるものも何も無い、そして何も得られるものわなく、全てがまさに、幻のようなものなのだ。。

ただ、物事わ、じぶんの前を 過ぎ去り、それ以上も、以下もない。。

自分というものわ、その川の流れを 永遠に観察している存在であって、その川わ、幻であるww

これに、気がつくと、歩くのが ただただ、楽しくなるのだ。。。

もし、この世界に うつくしさが あるのなら それを、すなおに よろこべる じぶんに もどれる。。

すべてわ、ここが基本だろう。。。  無一物中 無尽蔵。。。 

まさに、「ここ」がそうなのかも知れないし、もはや、焦りもいらだちも無く、こここそが、青い空の ほんとうの意味wwを知ることが出来る境地なのかも知れないw 

いわゆる空我の境地であるwww

手をたたいて、みるものすべてを よろこんだ。。。  

師匠が いま生きていたなら、聴いてみたいことがある。。。「ここで、待ち合わせで間違い無かったですか?」と。

もう3月になった。。。

( ・∀・)例年、年末〜年明けわ、過酷だがw、今年も過酷さわ、輪をかけて、その度合いを増していた。。

今年もすでに、3月。。。 実わ( ・∀・)昨年6月辺りから、まったく生きたここちがしなかったが、どうにか、こうにか、人としての形を維持することに成功してともいえるwので、日記もぼちぼち再開したい。。

( ・∀・)人間は、あまりにストレスが強すぎた場合、身体の免疫機能まで、がっくり落ちるものなのだとわ、知識でわ、充分分かっているつもりだったが、我が身をもって、実際に知ることができた重い日々だった。。

いまや( ・∀・)人間わ、条件さえ、整えば、ストレスで死ぬことが出来る生き物なのだと。。。完璧に理解できた自分がいる。。

昨年から、頭をつねに、悩ましたある事案と、肉体疲労、そして( ・∀・)歯科通いも重なり、何度か抗生剤を投与されたのも、なにがしかの影響もあったのか、一瞬、冥土も見えるか、という境界を垣間見た。。。

( ・∀・)ひとわ、日ごろどれだけ、己が命の綱渡りをしているのか、自覚できないで、日々を過ごす者も多いだろう。。。

でも、どんな人間も、等しく、危うげな、まことに、儚いものに必死にしがみついて、それなのに、いつまでも、明日が来るのが当然のような顔で、強がりだけで、生きている。。。

( ・∀・)幼かった日、どうして、明日が来ることを疑いもせず信じ切って、無邪気に過ごしてこれたのだろうか。。。

( ・∀・)ひとなど、すべてが、一瞬の瞬きなのだ。。だからこそ、周囲の物事に、感謝を忘れず過ごす人生を選びたいものだ。。。
 

( ・∀・)歴史・祝祭・神話 。。

(´・ω・`)ようやく。。

(´・ω・`)シン・ゴジラを、ブルク13にて観れた。。

とにかく、すごい情報量で、流石、あんのさんの、真骨頂でわと。。

(´・ω・`)しかし、1年前、エキストラ出させて頂いたが、蒲田上陸、どんだけ喋りたかったかwwwwwwwwy

(´・ω・`)確か、ほんとに、都庁のあの部屋に、終わるまで、9時間くらい缶詰だった気がするww

(´・ω・`)さきに、観た友人に、出演シーン告知したが、わからんかった、と言われwww、期待しないで、観たら

( ・∀・)ノけっこう、うつっとるwwwwwwやんけwwwww

ようつべの( ・∀・)ノ予告のとおりの出番だったが。。。

( ・∀・)でも、ただのゴジラファンとして、ふつうに嬉しい。。。。 ( ・∀・)あんのさんと、樋口さんかっこえかった。。

大御所( ・∀・)すわたろうさん、リテイクすごかったが。。シーンぜんぜん使われてないんだから。。。

それにくらぶれば( ・∀・)感謝しかない。。


( ・∀・)それに、これわ、どんな問題も、ひとりのヒーローなんかでなく、ぜんぜん、無名の、ふつうの、みんなで、解決してけばのりこえてく力をもてる、と素直に解釈できるあんのさんのメッセージにおもうんだ。。。




やまなし。。(*'ω' *)そしてスシロー。。

(*'ω' *)このまえ、奢りで、スシローにいけたwww

(*'ω' *)スシローで、たんまり食うぞ、と意気込んだが、

注文した(*'ω' *)エビの姿を見たとき、ふいに、宮沢賢治せんせいの、

「やまなし」の一節





クラムボンは殺されたよ。』





が、おもむろに、脳内に響き渡った錯覚に襲われた。。。。。

しかし、あれわ、カニの兄弟であったが、賢治せんせいの、言いたいことわ、だいたい

一貫しており、この弱肉強食の世界の無常観に近いものだろう。。


(*'ω' *)それから、エビをあらためて見てみると、死してなお、背筋をぴんと張りw、

堂々と天を仰いでいる。。

(*'ω' *)その堂々たる姿勢に、(*'ω' *)回転寿司を、いい気になって、ひとの金で食っている、ある種の後ろめたさで、食欲も減退した。。

(*'ω' *)えびは、「おれは、死んでも、おまえのような、下賎な精神の持ち主に、食べられるものか! おまえわ、おれの、目をはっきり見て、おれを食えるのか!」


と、目で語っていた。。ふいに(*'ω' *)わたしわ、恐怖した。。。

(*'ω' *)クラムボンわ、おそらくプランクトンで、魚かなにかに食われたのだろう。。。


(*'ω' *)それを、あの川世界の食物連鎖の中間あたりのカニ兄弟が目撃したが、まだ、無垢なため理解が及ばず、それでも、置かれたこの世界の恐ろしいルールを、漠然と感じたということなのだろう。。

(*'ω' *)そして、父カニわ、やまなしをなぜ、2日待たせたのか、、、

巷わ(*'ω' *)いろいろ言っているが


(*'ω' *)あれわ、父カニが、兄弟仔ガニたちに言って、じっさい、2日後にわ、いかなかったのです。。


(*'ω' *)すなわち、


(*'ω' *)匂い(気配)を感じるだけで、お前らわ、満足せよ、と。。


見せ金のようなものです。。



(*'ω' *)つまり、これわ、この弱肉強食世界での生存の拒否に他ならない。。


(*'ω' *)こんな、簡単な まったく恐怖の物語を、ありがたがり教科書にのせているww



(*'ω' *)食った魚が背後から覗いているんす。。





(*'ω' *)それから、わたしわ、もう、お茶とガリばかり、食っておいた。。。


(*'ω' *)しかし、それでも、植物も、立派な生命であって、同じ地球の仲間なことに変わりわない。。


ならばいっそ(*'ω' *)賢治せんせい、やっぱり、いきなりステーキ、一緒に行きましょうよ、

と心のなかで、つぶやく自分がいた。。


したら(*'ω' *)翌日、アレルギー症状みたいので、発疹がでた。。。


(*'ω' *)よく考えたらじぶんわ、むかし、一回、甲殻類のアレルギーで、


死に目にあったのだった。。。


BTTFあるいわYou’re The One

昨日わ。。

バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2において、PART1で、無事1985年に戻ったマーティの元に、ドクが現れ、マーティとジェニファー、そしてドクの3人で、タイムマシンのデロリアンで向かった未来の日付け「2015年10月21日」が、実際にやって来た日だった。。
日付だけでなく、分単位まで正確にいくと、「2015年10月21日午後4時29分」だそうだが、これわ、米現地時間(カルフォルニアサマータイム)なので、日本時間だと 2015年10月22日午前8時29分 ということである。。

バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2わ、1989年に公開されたが、 PART1公開は1985年だった。。

映画の物語世界で暮らす、主人公マーティも、1985年に生きる元気な青年である。。
この映画のストーリーわ、このやんちゃな青年マーティが、ひょんなことからマッドサイエンティストの「ドク」と知り合い、ドクの発明したタイムマシン「デロリアン」に乗り込んで過去に向かい、自分の両親の人生に干渉し、結果として未来、つまり自分の所属する世界、1985年の現在を変えてしまう、というものだった。。

このデロリアンというタイムマシンは、車型をしており、現在は潰れてしまった自動車メーカーの名車だが、劇中で、この車は、なんと、生ゴミなどの廃棄物、廃品、廃材をエネルギー源としており、2015年の今、実際にゴミを燃料にして走るデロリアンが、ある会社の社長さんが、衣類の廃品からのバイオエタノール燃料で走らせる、という事で実現し、DVD発売と絡めた、カウントダウンイベントが、アクアシティお台場の屋上駐車場であったのだが、なんとか行って、見てきた。。

思えば、わたしにとっての、バック・トゥ・ザ・フューチャー、(BTTFあるいわBTF)わ、ある時期、こころの支え的な、映画だった。。
1985年わ、やがて来るバブル経済の予感の只中にあり、社会わ何かを期待させ、ネアカが良しとされ、ネクラが悪とされる、今よりイケイケ感の溢れる、変に妙に明るい時勢だったが、我が家わ、どんより暗かったww その理由わ、自由奔放な人生を生きるw父親wwwwに原因があったのだが。。。

そんな地獄の季節にww、小さな弟と、偶然観た バック・トゥ・ザ・フューチャー。。。

だめだめな両親の過去の人生を変更することで、結果、現在の自分の不幸な環境を変えてしまう。。。わたしわ、この作品を、レンタルビデオでも、何度も観て、ラスト涙を流さずにおられなかったものである。。どんなにか、実際にタイムマシン、デロリアンが、あったなら、と、当時、置かれた環境からの逃避もかねて夢想したw。。

しかし、そんな自分でも、1985年という年わ、大きな変化を迎え始めた年だったのだ。。もう亡くなってしまったが、人生の師といえる人の出会い、アニメ、漫画に逃避の病弱な自分が、空手、座禅を始めたこと、、、
とにかく、何もかもが鮮烈で、いきなりで、用意周到などということわ、この時代の激流の只中においてわ、所詮、無理な話であった。。

そんなとき、当時にしてみると、少しエキセントリックなところのあった、ずっとロングヘアーを貫き、今でいうと、オタク文化というのか、音楽、アニメ、少女マンガ、バイク、ゲームに詳しい、将来わ、わたしと結婚する、といっていたよく女の子に間違われたw地元不動産屋のボンさんの男友達がwwwwあるアーティストを気に入って、わたしに聴け、聴けと迫ったww

彼の熱意によって、当時、FMヨコハマで、そのアーティストさんがやっていたラジオ番組も聴くようになったが、後年、自分がはまってしまい、ヘビーリスナーとなってw何度か、投稿ハガキww(当時、メールなどないw)も読んで貰って、ご満悦だった。。

昨日、すでに、冷たさを含んだ夕暮れの風に吹かれながら、目の前のバイオエタノールで走るスポーツカーの前で、1985年〜からの、いくつかの出来事が、走馬灯のようにwwwwwwww脳裏を過ぎったwwww

1989年にドクが迎えに来て、マーティ達が向かった2015年の今、その今が、いったい誰がこんな世界になると当時想像できたであろう。。。

よかった事もあり、また悪かった事もあり、想像とわ、違った未来になったのわ、ゆうまでもないwwww

しかし、なんとか小さな花の美しさを知るまでにわ、進化できた。。

そして、未来わ、自らの死の、一瞬手前まで、消え去ることわ、絶対、ないのだ。。

かって「宇宙の小石」を読んで、けっきょく、これだけが心に残ってた「ブラウニングの詩」www

ラビ・ベン・エズラというのかw

Grow old along with me !
The best is yet to be,
The last of life, for which the first was made

「我と共に老いよ!
最良の時はいまだ先にあり
生の終わりこそ生の始まりし目的」

全文

我とともに老いてゆけ!
最良のときは今だ来たらず。
人生の終わりのために、人生の始まりは作られた。
我々の時は彼のひとの手の中に。
彼は言う、「人生のすべては私の意図したもの、
若さは人生の半分に過ぎない、ためらいは神に委ねて、おそれずにすべてを見よ!」と。

咲き乱れる花たちが問題なのではない、
若さはため息まじりに言う、「どの薔薇が我がものとなるのだろう、
どの百合が去って行き、そして最良の思い出となるのだろうか?」と。
感嘆すべき星たちが問題なのではない、
若さは切々たる声で望む、「木星でも火星でもない、
わが星は美しい姿の恋人、すべてを合わせ、すべてを超えた炎なのだ!」

・・・知恵袋ありがとうw

じぶんの限界。。。

(*'∀')ノ このところ、すごくがんばって生きてきたつもりだが、誰しも、何事にせよ、限界というものわ、各々に存在することと、おもう。。
そんな、誰にでも、そして自分にも、確かに存在する「限界」を垣間見る出来事が、少なからずあった。。

まず徹夜で作業を終え、帰宅中に、一時停止がどうと、お仕事中のある方に呼び止められ、その場所は、その地域でも有名な場所で、「知っています」と、申告し、いろいろと長々話し合った。。
その件わ、まず私の主張も了解して頂いた。。しかし、徹夜のストレスと、この件のストレスも重なり、もはや疲れ果て、帰宅後、なにげに飲んだ、冷蔵庫の古い 水出し麦茶に、見事にあたったwwwww

((*'∀')ノ麦茶わ、さっぱりした夏の飲み物であるが、その日、それを飲み終わるとき、容器の底に、なにか得体の知れぬ、屑めいた何かww?が、沈殿していたのだが、疲れも伴って、それをよく確かめもせず、いっきに飲み干してしまった。。

たまに、煮出し用麦茶などに、ときどきある、茶ッぱというか、それっぽいものだと、思い込んで、何ら疑いを抱かず、けっこうな量を飲み干したのだった。。しかし、これわ、冷水でOKという、パック式の麦茶だったのだ。。

そして、この麦茶自体、クールポットになみなみと入っていたので、勿体無いと思い飲んだのだが、よく考えたら、いつ作ったものかわからないものだった。。。しかも、クールポットをよくよく観察すると、ガラス面と注ぎ口に、黒かび状のものが繁殖していたwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww((*'∀')ノなにこれwwww


。。それでも((*'∀')ノ私わ、食事に関してわ、けっこう、するどいほうだと思う。。
おおむかし、某厨國で、食べたナマコで、見事にコレラにあたりwwwww死に目にあったときも(食べたくなかったが、その当時の会社のパーティーの席上で、取引相手が皿にとってくれた)じゃり、という嫌な感触が、口中に拡散wwし、そくざに、「おえ!」と吐き出したかったが、そういう席だったので、仕方なく飲み込み、数時間後、見事に発症し、飛行機も何もかも、キャンセルで寝込んだwwそして、地獄をみたww

つまり、主張したいのわ、わかっていても、たとえ、勘が、なにがしか訴えていたとしても、なにかだめなときわ、必然的にw導かれるようにw不可抗力的にwだめになる、という法則であるww

この((*'∀')ノ麦茶を、飲んだときも、もし、徹夜&このようなストレスで、疲労困憊していなければ、おそらく、この異物混入w麦茶を、こんなに大量摂取しなかったと思う。。それほど、あれ?おかしいな、なんだこれ?という味覚の微かな記憶わ、残っていたのだったwww。。小さな((*'∀')ノ悪運の重なりわ、こうして悪い結果を招く。。ほんとうわ、己が研ぎ澄まされているときなら、けっこう、回避可能なのだが。。

飲んでから((*'∀')ノ数時間後、起きると、腹周りに異常発生www ((*'∀')ノみぞおちの辺りに強烈な、さしこむような痛み、時折、鈍い痛みを、交互に、襲ってくる。。意識がはっきりするにつれ、次第にそれわ、はっきりとw耐え難い痛みとなって身体を襲ったwww

((*'∀')ノわたしわ、元来、家系的にも、「腸」わ、弱いほうだが、胃のほうの痛みわ、ほぼ無く、この未知で、新鮮な痛みに、額にわ、冷たい汗が吹き出てきて、対処できずおもわずわろた。。。

((*'∀')ノいわゆる、胃痙攣だった。。((*'∀')ノ胃痙攣、おおむかし、学生時代たいへんにお世話になった方が、手術で、胃の一部を切除しており、エビフライなどを1本食べただけで、胃の痛みで、脂汗をかき、青い顔をしてうずくまった記憶が脳裏に甦った。。

あのとき、どのように痛むのですか?という私の問いに、そのひとは、胃痙攣のような症状だ、といっていたが、胃痙攣とわ、こんなに、痛いものだったのかと、卓上の、いまわ亡き、この恩師の遺影に、私用に、作ったおかゆを捧げ、手をあわせた。。

奇しくも、私が胃痙攣を発症した、この日、この亡き恩師の誕生日であったからだ。。痛みと関連性わ、さして無く支離滅裂だが、つまり、それほど、さしこむような胃の痛みによって、思考にかなりの混乱を招いていたのであった。。

後日、弟と話していたら、どうも、ウエルシュ菌の食中毒でわ?という話に落ち着いた。。そういえば、私も昔、その手の資格をとったとき、ウエルシュ菌わ、煮沸しても死なない、テーブルふきんなどを多用すると、危ない、と聞いた。。夏場わ、保健所などからも、頻繁に注意喚起もなされている。。そして調べると、ウエルシュ菌の食中毒症状が、胃の右上部の差し込むような痛み、とあったのだ。。このようにわが身を持って、知るほど、勉強になることわ、無いw
そして、食中毒わ、自分の健康状態にも、おおきく左右される。同じものを食べたり、飲んでもかかるひとと、かからないひとがいるのも、また、事実であって、つねに己の、健康を過信せず限界というものを考えにいれておかねばならないのだろう。。


それから、症状もひと段落し、行きがかり上、時間制限ありの食べ放題にいって、また軽く胃痙攣をおこしかけた(胃痙攣わ、癖になる場合があるそうだ)しかし、その日若干、予算的に無理して入ったことwも手伝い、ならば元をとろうとw 且つ、そこのメニューがなかなか、うまそうだったので、つい数日前わ、胃痙攣で七転八倒していたことを失念しw、あれもこれもと、皿にとって(画像、参考)、がつがつ食ってたら、終わりのほうになり、おもむろに胃の上部が痛み出し、はっと、我に返ったww

そして徐々に、苦しくなり、(まだ、おかゆか、うどん等の麺類にしていたほうが、財布にも、身体にも良かった)と、重く後悔した。。これほど私わ、今、体調が弱っているのか。。。これごときの量が限界なのか・・いまの自分の限界を、目の前に叩きつけられたことによる悔しさと、元をとれない自分へのwやるせない感が半端なかった。。。しかし、食欲より、病の恐怖が甦り、ここしばらくわ、やはり、胃を労わったほうがよい。。そう判断をくだした。。。そして私わ、店を出た、、、

うだるような熱帯夜の中、ときおり吹く涼しげな夜風に助けられつつも、もう少し、「限界」ということについても、考えをめぐらさないといけない、と反省した自分がいたのだった。。。